レガーロ島の秋は寒い。
10月も末になると風は冷たくなり、夕方の巡回を終えたセリエの面々はみな暖を取るためにバールの扉をくぐる。
今日巡回をしていたのは……
シモーネ「もうすっかり寒くなってきたわよね。そうだ、お嬢に似合いそうなマフラーでも買ってこようかしら」
ラファエロ「そういうのは抜け駆けって言うんじゃないの?」
アントニオ「いや、宣言している時点で出し抜いていないだろう」
ラファエロ「それもそうか。そうだ。みんなからのプレゼントってことにしたら?」
ジョルジョ「いい考えだな。お嬢は『剣のみんなからのプレゼント』を特に喜んでくれるからな」
シモーネ「むー……いいわよ、それで。お嬢の笑顔が一番だものね」
アントニオ「半年以上経てば変わるものだな。シモーネが一番いびっていただろう」
シモーネ「はぁ!? いびってないし。アタシは当然のことを言ってただけよ」
ラファエロ「本人は認めないものだよね、こういうのって」
その時、入ってきた新たな客に目を留める。
シモーネは銀髪の少年を呼び寄せる。
シモーネ「アッシュ、こっち来なさいよ」
アッシュ「はぁ? なんで俺が」
シモーネ「お嬢のことで話があるんだけど」
アッシュ「……ったく、メンドくせぇな……」
ぶつぶつと文句を言いながら、4人が囲む卓までくると近くの椅子を引き寄せる。
アッシュ「で、なんだよ」
シモーネ「お嬢の魅力について語り合ってたのよ。アンタが幽霊船で初めてあった時のお嬢の魅力について語ってちょうだい」
アッシュ「はぁ!? バカらしい……んなことの為に呼んでんじゃねぇよ」
ラファエロ「お嬢が魅力的なのは否定しないんだね」
アッシュ「はぁ!?!?」
アントニオ「それは確かな事だからな。お嬢が魅力的なのは変わらないが、今話していたのは、いかにシモーネがお嬢をいびっていたかという事だ。論点はずれたな」
アッシュ「何だよ。面白い話してるじゃねえか。俺はそっちの方が興味あるぜ。なんだ、アンタ、アイツのこといびってたのかよ。陰湿そうだよな」
シモーネ「だ・ま・り・な・さ・い・よ! なんでアタシが陰湿ないびりをするっていうワケ?」
ジョルジョ「確かに。シモーネのいびりは堂々としたものだったからな」
アッシュ「へぇ。でもアンタら今じゃ、すっかり腰ぎんちゃくじゃねえか。なんでそーなったんだよ」
シモーネ「答えはシンプルよ。アタシは強くて美しいものが好きなの」
ラファエロ「要するに、たった1ヶ月の間にお嬢は剣のセリエ全員と戦って、全員に勝利を収めたんだよ」
アッシュ「……どこの女用心棒だよ」
店の扉が勢いよく開く。飛び込んできたのは……
リベルタ「うー、さっむ! なんで今日はこんなに寒いんだよ! って、あー! めっずらしいじゃん、アッシュ! お前が剣のコートカードとメシ食ってるなんてさ」
ノヴァ「確かに」
ジョルジョ「それを言ったら、君たちが仲良く晩御飯食べに来る方が珍しいんじゃないか?」
リベルタ「別にンな事ないけどさ。ま、二人で来たわけじゃねーし」
ノヴァ「後からダンテとあいつも来る。僕たちは先に来ただけだ」
シモーネ「あらそうなの? お嬢が来るならあんたたちもこっちのテーブルに来なさいよ」
リベルタ「いいけど。で? なんの話してたんだよ」
椅子を引き寄せながら座るリベルタとノヴァ。
入りがてらに注文した飲み物がとんとテーブルに置かれた。
アッシュ「アイツが剣のヤツラを拳……じゃなくて足か? で黙らせたって話」
ノヴァ「黙らせた? 正しくは、剣のセリエの挑戦に受けて立ったじゃないのか?」
アッシュ「は!? ずいぶんニュアンスが違うじゃねえか」
ノヴァ「どんな風に話したかは知らないが、僕の知る事実は『パーパの娘で大アルカナを持っているとはいえ、16歳の、それも従者を従えた子どもに自分たちの上に立つ資格は無い』とか堂々と宣言したという事くらいだ」
アッシュ「へぇ~……アンタら随分大人げないこと言ってたんだな」
シモーネ「主観が変わると、違って見えるってだけの話でしょ? にやにやしちゃって、子どもっぽいんだから」
リベルタ「んでも、お嬢は『じゃあどうしたら認めてくれるの』ってすぐさま切り返えしたんだろ?」
ノヴァ「ああ。そこで出された条件が『1ヶ月以内に全員に勝利する事』だったらしい」
アッシュ「認める気無えじゃん」
アントニオ「そんなことはない。むしろ至極当たり前の条件だろう。自分より弱い人間を戴くつもりはない。それは聖杯の面々も同じだと思うが?」
ジョルジョ「それにできると思わない相手にそんな無理難題吹っかけるはずないだろう? 魅力的なシニョリーナに」
ノヴァ「ふん……」
アッシュ「おい、ノヴァもんなことしたのか?」
ノヴァ「いや。だが僕の場合はまた少し違うというか……僕のことはいい。あいつの話だろう」
リベルタ「それで見事に勝利したお嬢を認めたってわけだ。まあ、シゼンのセツリってやつだな!」
ノヴァ「そこからだな。剣の奴らが自分たちの理想の幹部を育て始めたのは」
アッシュ「理想の……幹部……?」
シモーネ「あら、黙って聞いてれば、誤解を生むようなこと言わないでよ」
ジョルジョ「そうだ。オレ達はただ、自分たちの上に立つ人間には決断力と強さと美しさを兼ね備えていてほしいと思っているだけだ」
ラファエロ「そう。だからあの従者が本当に目障り」
アントニオ「お嬢の自立の一番の妨げだからな」
アッシュ「はー……いびりの標的が帽子に移ったってわけか」
シモーネ「そうねルカのことはいびってたって言われたら認めるわ」
アッシュ「認めんのかよ!」
ルカ「私……やっぱり、いびられてたんですね」
シモーネ「なにいきなり割り込んできてるのよ」
スッと現れたルカにおののく面々だったが、その後ろにはいつものメンバーが。
アッシュ(そういや入ってきたときに店の隅に3人で固まってたよな……)
パーチェ「聞こえるように話していて、なーに言ってるのさ」
ノヴァ(そうか……?)
リベルタ(や、絶対耳でっかくして聞いてただろ……)
テーブルはゆうに5席は離れていた。
デビト「つーか、ルカ。オマエ自覚なかったのか?」
ルカ「いえ、なんとなくそうかなーとは思ってましたけど……」
アッシュ「聞いてたのかよ。んじゃこいつらの話ってホントなのか?」
パーチェ「うん。そうだよ。大人げないセリエのメンバーに勝ったお嬢は、見事剣のセリエをまとめ上げたのさ!」
デビト「まあアレだな、過保護な従者が14人になったってカンジだったな。ナァ筆頭従者?」
シモーネ「一緒にしないでくれない?」
ラファエロ「そこの甘やかし従者とは違うから」
アントニオ「俺たちはお嬢の成長を見守っている」
ジョルジョ「そうだ。俺達はお嬢の運命共同体だ」
ルカ「そんな……そんな全員で私にダメ出ししなくても……」
アッシュ「はっ! ま、いい暇つぶしにはなったな」
立ち上がろうとしたアッシュのコートをシモーネが引く。
アッシュ「あっぶね!」
シモーネ「ちょっとアッシュ、アタシもアンタに聞きたいことがあったんだけど」
アッシュ「なんだよ」
シモーネ「なんでリンゴ頭じゃなくてイチゴ頭な訳? まあアンタの愛するリンゴと一緒じゃなくて良かったんだけど」
ルカ「……それは私も知りたいですね」
アッシュ「ばっ、特別な理由なんてねえし。んじゃ俺は実験の続きに戻るから」
デビト「そこで慌てたらヤマしい気持ちがあるって思わせるだけだろうが」
パーチェ「なんだろうねえ。もぎたてのフレッシュでジューシィなイメージがお嬢っぽかったのかなぁ。リンゴって日持ちはするけど少し固さがあるもんね? その点お嬢が柔らかいし」
デビト「オメーは黙ってろ。天然レガーロ男」
果たして意図的か天然か、そんなパーチェの笑みでその場がふにゃりと緩む。
その時バールの扉が開き、大きな影がひとつ円卓に寄ってきた。
フェリチータ「あれ? アッシュ。みんなもここにいたんだ」
アッシュ「よぉ、イチゴ頭。ダンテのおっさんしか見えなかったぜ」
ダンテ「今日は冷えるからな。お嬢さんが風邪を引かんようにしてただけだ」
アッシュ「オッサン、そうしてるとイチゴ頭の用心棒みたいだな」
ダンテ「ふむ。それは光栄だがお嬢さんには『用心棒』より『虫よけ』の方が必要だろう」
フェリチータ「え?」
アッシュ「はっ! アンタもあいつらと同じでコイツを猫っ可愛がりか」
フェリチータ「……なに、それ?」
アッシュ「今あそこでアイツらがオマエを可愛がってるかいやってほど聞かされてきた。愛されてるなー、オジョーサン?」
フェリチータ「……」
アッシュ「なんだ? 今日はアタマじゃなくて顔がリンゴみてー……グッ」
出入り口から派手な音が響いた。
アッシュの姿はそこにはない。
シモーネ「あの子のずっと変わらない魅力は、あの綺麗な足と照れ屋なところね」
リベルタ「なにいい話風に言ってんだよ……アッシュ、蹴り出されたぞ?」
アッシュ「ったくひどい目にあったぜ……まだ腹が痛ーし……つうかほんと良い蹴りしてるぜ……」
ジョーリィ「クッ……お嬢様を怒らせでもしたのか? お前は女の扱いも知らないお子様だからな」
アッシュ「るせーよ。おら、サングラス。結果出たぞ。んでこっちに俺の考察付で前回の実験結果まとめといた」
ジョーリィ「ふむ……」
アッシュ「ったく、等価交換だからってオマエ面倒なこと言いすぎだぞ?」
ジョーリィ「有能な素材は他に奪われる前に確保が正しい選択だな」
アッシュ「あ?」
ジョーリィ「いつもの資料・資材提供に加えて給金も払ってやろう。私の下について相談役補佐になれ」
アッシュ「……意味わかんねーし」
-fine-
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